痴呆と感情
ばあちゃんの痴呆が僕の中で表面化したのは2015年3月くらいのことだったと思う。実家の近所にある野菜直売所にて、僕の奥さんを見ながら「あの人は誰やったかねぇ」そう聞いてきた。日常的には何ら違和感なく、ただ瞬間的に記憶がごっそり抜ける、という印象を持った。そんな様子を見ながら、痴呆は、瞬間的だった記憶の消失が徐々にその期間を延ばし、或いはその発生頻度を増やしていき、最終的には消失状態が常態化するものだと考えた。
少しずつ痴呆が進行していく中で、印象的だったばあちゃんの行動が1つある。僕が実家から自分の家に帰ろうとすると、言葉は無く手を握り、涙を浮かべるのだ。この行為に及ぶばあちゃんの真の思いはわからないが、帰って欲しくないというそれよりも、日々記憶が失われていく自分へのたまらない不安、孫である僕ですらも忘れてしまうのではないかという恐怖に抗う気持ちの現れではなかったかと今でも思っている。これを思うと悲しい気分になる。
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