ホルモンでお食い初め

広島在住、30代おじさんのお食い初め(初体験)記録

「最近の若いやつは」に感じた嫌悪感を考える

「最近の若いやつは」
何かの記事で目にしたこの言葉にふと嫌悪感を感じた。その記事では否定的な意味で使われていたが、中々のモノ言いじゃないか。その強気な姿勢、香る自己肯定感、あぁ、どことなく「裸の王様」に近いぞ。以下、裸の王様に感じた嫌悪感について考えてみたい。

使用シーンと年長者の感情

まずどういうシーンで使われているのか。

・会社で上司から部下に。
→仕事の不出来、飲み会に参加しない、年長者がいてもエレベーターのボタン押し係をやらない...など。
・街中で年長者から若者に。
→コンビニでたむろしている、電車内などで年配者や妊婦さんに席を譲らない、ピアス・刺青・高い露出度...など。

これらのシーンはあくまで僕のイメージだが、何となく裸王遭遇率は高そうである。ではその際に裸王が抱く感情とはどんなものだろうか。こんな常識(マナー)も知らないのか、人への配慮に欠けている...といった「不快」、「揶揄(嘲笑)」。さらには、最近の若いやつと比較する形で昔の若いやつ(裸王自身の若かった頃)の時代への「懐古」などが当てはまりそうである。

対する若者の感情

一方で、言われた若者側の感情はどんなものか。若者自身、その指摘に思い当たる節があれば素直な反省もするだろう。が、問題は指摘される理由がわからない場合である。「何で怒られているのか」、「俺が悪いのか」そんな疑問を感じながら、見ず知らずの年長者から怒られるわけである。この上ない腹立たしさこの上なしだろう。

つまり、年長者も若者も結果不快でバッドエンドなのである。同じ目線で話ができないことが要因であろうが、それはもうしょうがない。生活圏が違う。若者の間で流行っているアプリを年長者の多くが知らないように、年長者に備わる常識やルールを若者の多くが知らなくてもおかしくはない。そんな状況にあって、「最近の若いやつ」を理解しようともせず、俺たちのルールが正しいと一方的に言っちゃうような裸王は、皮膚すらめくってもっと裸になれば良い。人生の先輩なんだから、ガチガチにガードを固めるだけでなく、相手の懐に飛び込む戦法も見せたいものだ。

「最近の若いやつは」その歴史

「最近の若いやつは」誕生の歴史を調べてみると、紀元前3000年頃の古代エジプトの壁画に見つかったものが初登場で、以降プラトンが言っていたり清少納言も言っていたり...とネットに書かれてあった(真偽は不明)。戦前の新聞記事内には、今よりもっと露骨な「最近の若いやつは」が使われている。

つまり今の時代に限った話ではなく、いつの時代も年配者は言うもので、若者は言われるものということだ。昔ほどの露骨な表現は減っているとはいえ、心の中では密かに思われ、これからも無くなりはしないのだろう。

「最近の若いやつは」に感じる嫌悪感とは

「最近の若いやつは」はその後に続く言葉によって大きく3つのタイプに分類できる。

・指導型:「最近の若いやつは。しょうがねぇな、見てろ。」
→若さゆえの経験不足を理解し、それを補おうと指導するタイプ。
・懐古型:「最近の若いやつは。俺が若かった頃はな...」
→俺の若かった時代は今より良かった、あの時代が正義だ、と自分の思い出の中で生きるタイプ
・嘲笑型・・・「最近の若いやつは。こんなこともできないんだね。」
→知識、技術、経験不足を笑い、バカにするタイプ。

指導型は悟空、懐古型はヤムチャ、嘲笑型はフリーザ様と言った所だろう(ヤムチャドドリアか迷った。ヤムチャも適切でない気がする。ここの例えは無視してください)。この3つのうち、指導型は若者のための発言で、懐古型、嘲笑型は年長者自身のための発言と言える。嫌悪感を感じるのはこの懐古型、嘲笑型である。

懐古型に対して。自分の思い出・経験こそがベストと信じており、気持ちが外に向いていない。自分の殻の中に留まり、新しい世界を知ろうとしない排他的な姿勢に格好悪さ、嫌悪感。
※特に男性に多いのかもしれない。ロボット研究者の石黒浩さんの講演で聞いた話。癒し効果を狙ったロボット(クリオネのような形)を高齢者に配布した際に、まず面白がって触りに来てくれたのは女性だったと。男性は自分から触りに来ることは無く、持っていけば触ってくれる、という状況だったそう。色々な要因が考えられるとは言え、新しいものとの関係に非積極的な様子は懐古型に通ずるものがある。

嘲笑型に対して。人の不出来を嘲笑することで自分は大丈夫と溜飲を下げているようで格好悪い。若者に自分を経験を共有してあげるわけでもなく、ただ小馬鹿にするのみ。自己肯定のためだけの発言となっていることに嫌悪感。器が小さい。

整理すると、新しいものにハナから否定的で自分の価値観の拡がりを楽しめていないこと。出来ない人を攻撃することで安心している自分に不安を感じていないこと。これが「最近の若いやつは」に感じた嫌悪感である。

こうなると「最近の若いやつは」の使いどころは、「指導型」かネタの前フリのどちらかしかないのではないか。私自身、言われた「最近の若いやつは」で記憶に残っているものは1つしかない。20代前半の頃に叔父(住職)に言われたもの。「最近の若いやつはダメだ。特にお前は社会勉強が足りない。」そう言われて場末のスナックに連れて行かれた私。席に座ると叔父のもとへ親しげに寄ってくるホステスたち。あぁ、スナックで説法でもされるのかと憂鬱になっていると、いつの間にかホステスの胸を一心不乱に揉みしだく叔父。バブル期のVシネマのワンシーンのようだった。そんな目の前の惨劇に背を向け、ホステスさんに促される形で「摩訶不思議アドベンチャー」を歌い、あとは1人じっと待って笑顔の叔父と店を後にした、と言う体験。叔父からの話は一言もなかったけど、今になって思えばあの一心不乱の姿こそ、私に伝えたかったことかもしれない。なるほど確かに、そうなんだろう。

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