ホルモンでお食い初め

広島在住、30代おじさんのお食い初め(初体験)記録

甑島の来訪神「トシドン」を見る

2017年12月31日。念願のトシドンを見に甑島に行ってきた。例年大晦日はテレビを見続けるただの肉塊となる私も、今年は前日から上甑島に泊まり、当日の朝にトシドンが降臨する下甑島に高速船で渡る行動力。どうでも良いが、甑島へ渡るフェリーの中で見た西部警察(大門が殉職する回)が最高に面白かった。武田鉄也がテロリストに脅され、何かの間違いとしか思えない火力が過ぎる爆破シーン等々。何より大門の殉職シーンは演技的にも尺的にも濃厚だった。そうこうしている内に甑島に到着。

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町中で見た小さい子が描いたトシドンの絵。

トシドンについて

年に1度、大晦日の夜に天上界から下甑島の勝山に降臨する神様。島に住む8才くらいまでの子供がいる家々を首なし馬に乗って訪れ、その年の子供の素行や行儀に対して叱り、誉める。下甑島内で地区ごとに6つのトシドン保存会があり、各会ごとにトシドンの形状や儀式の手順が微妙に異なる(薩摩川内市教育委員会発行のパンフレットが参考になる)。2009年にはユネスコ無形文化遺産に登録され、現在この登録の拡張提案として、全国の来訪神行事10件を「来訪神:仮面・仮装の神々」とまとめ、ユネスコ無形文化遺産への登録を目指している。

トシドンは同じく来訪神と呼ばれる秋田のナマハゲ等とは異なり、大々的な一般公開はしていない。あくまで島民のための神聖な行事とされている。ただし、取材や撮影の受け入れも保存会ごとにスタンスが異なるようで、家に上がりストロボを点けての撮影が可能なところもあれば、NGと言うところもある。

見学までの準備

まずは薩摩川内市教育委員会にメールを送った。そこで教えていただいたトシドン保存会の方に電話すると、まだ今年の実施は決まっておらず、11月にもう1度かけてくれと言われる。改めて11月に連絡し、ようやく実施決定のお話と見学の了解をいただいた。どの地区のトシドンを見学するかもそこで指示をいただく。

これは推測だが、11月まで回答できなかったのは、トシドンの申し込みをする家があるかどうか、その時期にならないとわからないからであろう。そもそもトシドンの訪問は強制ではなく、家からの申込制だということも以外だったし、「トシドン申込書」なる用紙を現地で見た時は驚いた。

無事トシドン見学の許可をいただき、交通手段と宿を手配する。今回の日程は12月30日に串木野新港から上甑島までフェリーで渡り1泊、翌12月31日に高速船で下甑島に渡り1泊、翌1月1日に高速船で川内港へ帰着、とした。車は島内で借りたが、12月中旬に電話した時点で12月30日のレンタカーに空きがなく、困っていたところ宿の方が宿の車を貸してくれて事なきを得た。

島にはコンビニは無く、商店も年末年始で通常通りの営業はしていない。「こしきしま観光局」等のサイトで公開されていた島内施設の年末年始の営業案内情報を頼りに、つまみなどは持たずに上陸した。(※情報は12月27日に公開、年明けに削除されていた)

トシドン降臨

12月31日18:30。保存会の方から指定された待ち合わせ場所(公民館)に向かう。今回見学させてもらうのは麓地区のトシドン。公民館では島の方8名ほどが準備されており、その様子が見えない一室に案内される。そこでトシドンに関する歴史や注意事項の話を20分ほどいただいた。主に次のような内容。

  • ユネスコに登録されて我々も驚いた。個人的には手放しで喜べない
  • 保存会は6箇所にあるが、今年実施するのは4箇所。少子化の影響。
  • いつから行われているか記録は残っていないが、少なくとも120年前からは続いている
  • 種子島にもトシドンがある。120年前に起こった飢饉の影響で種子島に渡った甑島の島民が伝えたものと考えられる
  • トシドンの発祥は麓地区だと思われる
  • 麓地区は士族のエリア(武家屋敷が並ぶ)で、トシドンは郷中教育の一環だったと思われる
  • 麓地区は昔は人が多く、地区内でさらに9つのエリアに分かれ、それぞれでトシドンが行われていた
  • 麓保存会では軒先からの見学とし、ストロボ撮影はNG
  • 麓保存会では2015年までは取材、撮影一切断っていた
  • 以前は大学生がトシドン役をやってくれていたが、今は島に住む40~50代がほとんど

準備も終わり、トシドンらと共に公民館から歩いて家に向かう。初めて間近で見るトシドンはやはり異様で、お面や蓑をまとった姿に目が行きがちだが、より緊張感を高めていたのは音と闇だと感じた(強い風が防風林を激しく揺らす音、集落を移動するトシドンの姿をうっすら浮かべる闇)。トシドン役3名、トシドンの子供との問答をサポートする役1名、拍子木や餅を持つサポート役2名の計6名体制。19:00~20:10の間に3軒を訪問した。

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公民館の前で撮らせてくれた。

家に着き、軒先の前に立つといよいよスタート。軒先の扉を激しく叩きながら「早よ開けんか!」と騒ぎ始めるトシドン。首なし馬が暴れている演出のため扉を叩きながら「ドウドウ!」と鎮めるトシドン。その後ろでは拍子木を打ち鳴らすサポート役。静かだった集落が突如トシドン襲来の喧噪に包まれ、緊張感が走った。子供は真から怖がっているようで、扉を開けることができない。泣きわめく声も聞こえる。そしてまた大声で怒鳴るトシドン。ようやく扉が開かれると3体のトシドンは中に入り、正座する保護者と子供の前に鎮座する。部屋は豆電球(常夜灯)だけが灯り、軒先から見えるのはぼんやりと闇に蠢くトシドンのシルエットだけだった。

子供を立たせたあとひと通り叱る。「兄弟喧嘩ばするな!」「1人でトイレにも行けんとか!」「部屋の隅に隠れてYoutubeばっかり見るな!」等々。そのあとに褒める。「好き嫌いせず野菜も食べよるか、良かごとぞ!」「学校の宿題もちゃんとしよるごた!」等々。誉められている時は子供もはっきり返事をしていて微笑ましい。

ひと通り誉めた後は歌を歌わせ(或いは躍らせ)、そのご褒美として歳餅と呼ばれる餅を渡し、また軒先の扉から引き揚げていく。1軒につき大体20分程度だった。方言がきつく、子供もおびえて声が出ていないため全部は聞き取れなかったが、圧倒的な力を持つ神の存在を示し、良い行いはしっかり誉める文化に愛のある教育だと感じた。


トシドン訪問時の音声(一部を切り抜き、編集しています)

所感

なぜこのような風習が生まれ、今なお続いているのか。トシドンへの興味のきっかけはそこだった。結局それはわからなかった。なぜ大晦日なのか、鬼のような面なのか、首なし馬なのか、"トシドン"なのか。1つ1つが不思議だし、地元の方ですら説明ができないもはや謎の文化である。

けれど、この謎の文化、謎の存在を島の方はとても大切にし、敬っていることがわかった。町を歩けばトシドンが登場する標語や掲示物を見ることができたし、お世話になった旅館の女将さんは「トシドン様」と様を付けて呼んでいた。この女将さんはそもそも実物のトシドンを見たことが無いと言う。すぐ近くにいるというのに。どこまで本気かわからないが、怖い、恐れ多いとのことだった。そう言われれば、トシドンの最中に野次馬として様子を見に来る島民は1人もいなかった。そこに甑島の純粋さと傲りの無い謙虚さがあるし、忘れてはいけない心だと感じた。

あとは、そもそも甑島が良いところだった。特産品のきびなごはもちろん食事は美味いし、海も空も広い。またのんびりと行きたい。

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島と本土を結ぶ高速船(上甑島・里港)

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長目の浜展望所からの景色(上甑島・里町)

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穏やかな漁業集落 (上甑島・平良)

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釣りに興じる男性。日常的な光景と思われる (上甑島・平良)

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お世話になった宿のお母さん。きびなごの造り、天ぷら、網焼き、どれも美味しかった(上甑島・里町)

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屋根は低く石垣が積まれ、沖縄の家に似た家屋が並んでいた(下甑島・手打)

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恐らく門松的な正月飾り。上甑島では別の形だった(下甑島・手打)

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昔からありそうなスーパー。大晦日も営業しており心強い(下甑島・手打)

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小じんまりとしたスーパー。品数が多いわけではないが、必要なものは十分揃うように見えた(下甑島・長浜)

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みかんもなっている(下甑島・手打)

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長浜港から少し山道を上ると目の前に爽快な海が広がった(下甑島・芦浜海水浴場)

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島ではよく猫を見かけた。寒そう(下甑島・長浜港)

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トシドンへの畏敬を感じる標語(下甑島・手打)