釜ヶ崎を歩く 2019年夏 (センター周辺、酩酊じいさん、泥棒市、ホルモン中ちゃん)
1年で最も幸せを感じた瞬間はいつか。2018年は8月15日、釜ヶ崎だった。釜ヶ崎夏祭りで見たエイサーの、解放感と幸せに満たされた30分を今でも思い出す。2019年春、釜ヶ崎に大きな変化があった。1970年に建てられた釜ヶ崎の本丸、あいりん総合センターの閉鎖。センター内にある医療センターは2020年まで残るものの、その移転完了後、2021年から取り壊しが予定されている(その跡地に労働福祉センターが戻る)。そんな生まれ変わりが進む釜ヶ崎を2019年7月13~14日に訪れた。
閉鎖されたあいりん総合センターの下にあったメッセージ。
1. 閉鎖後の「あいりん総合センター」周辺
センターがどうなっているか、気になっていた。築49年。耐震性の問題から建て替えの計画が進められる中、当初予定していたセンター閉鎖日から約1ヶ月遅れる形で、2019年4月24日にシャッターが下ろされた。当日は、警官隊約220人と、閉鎖に反対する労働者やその支援者とでもみ合いになったことがニュースになっていた。
- 大阪・西成の「あいりん総合センター」閉鎖に抗議 労働者ら集結で一時騒然 - 産経ニュース
- 大阪・西成を支えた「総合センター」閉鎖で怒号あふれる | Smart FLASH[光文社週刊誌]
- 西成あいりんセンター閉鎖騒動、行政vs日雇い労働者「怒り激突」の24日間(下) | ダイヤモンド・オンライン
2019年4月24日。センター閉鎖時の様子。
2019年7月13、14日。閉鎖から約3ヶ月が過ぎたセンター周辺を歩くと、閉じられたシャッターの下で路上生活を送る方々の根城がずらっと並んでいた。それはセンター閉鎖に対する抗議と、この場所に対する思いと、他に行く場所が無い現実とが絡んでいるように見えた。
1階部分、シャッターが下ろされたあいりん総合センター。
建物の上にある「あいりん労働公共職業安定所」の文字は、白い布のようなもので隠されている。
大きな釜に書かれた「令和元年 この国は冷たいわ!」の文字。
抗議運動のスローガンのように使われており、センター周辺の至る所に見られた。
夜10時頃。人の姿は見えるが静かだった。雨の音だけが聞こえていた。
センター閉鎖に抗議するメッセージ。
朝6時頃、センター周辺で1人の男性に声をかけられた。「明けましておめでとう!」。何で?と返すと「あなたと私と今日出会えてめでたいから」と言うので笑っていたら色々話してくれた。40代中盤の、ぱっと見ほんのり男前なおじさんは、東京から釜ヶ崎に来て6年、こんなにいるつもりはなかったと言う。「どこから来たの?」と聞かれ、特に考えなく「西成」と答えると、ただひと言「あぁ」と言ってそれ以上詮索してこなかった。
ハキハキと話されるので真面目に聞いていたが、冗談か本気かよくわからない話ばかりだった。「実は俺、ノストラダムスの子孫なのよ」や、「日本の国王が涙を流して・・・(話は長かったが、何を言っているのか理解できなかった)」など。顔が広いようで、すれ違う人とよく声を掛け合っていた。その中の1人は僕を見て「兄ちゃん『ならび』の仕事せえへんか」と誘ってくれた。数量限定の商品を買うために、開店前から家電量販店などに並ぶ仕事を『ならび』と呼ぶらしい。「並ぶだけで2,000円や!」と揚々と言われたが、3時間の拘束でその金額は良い仕事なのだろうか。誰にでもできる、と言う点では良いのかもしれない。
南海電車の高架下からセンターを見る。
この反対側には、2018年10月に開業したきれいなホテル(FP HOTELS Grand 難波南)があり、高架下を隔てて世界が変わる。
南海電車の高架下で雨を逃れて眠る方。
2. 雨降る夜、道で寝ていた酩酊じいさん
夜の釜ヶ崎を散策していると、背後でガシャン!と音がした。振り返ると、道端に駐輪してある自転車をドミノ式に倒しながら、仰向けに寝そべる白髪のおじいさん。その顔は雨に打たれ、街灯に照らされていた。つい2時間ほど前にも同様の場面に出くわし素通りしていたので、今回は声をかけた。「大丈夫ですか?」「・・・はい」。反応はあったが、意識が付いてきていない。お手本のような酩酊状態だった。
酩酊じいさんに遭遇した場所。
濡れた道に横になったままの酩酊じいさんを傘に入れ一方的に話していると、少しずつ意識が戻り始めた。「・・・すみません、すみません。」。全く知らない30代の男がいきなり横にいて、酩酊じいさんも怖かったかもしれない。自販機で水を買ってあげたり、話しているうちに、岩手出身であること、生まれは岩手だが、小さい時に大阪(羽曳野)に越してきたこと、62歳であることなど話してくれた。62歳…おじいさんじゃない、まだおじさんだった。
身内に不幸があり呑んでいた、酒は焼酎(安いから)、たばこはわかば(安いから)。そんな話を30分ほど聞いていた。途中、じいさんの知り合いらしき釜ヶ崎の仲間(50代男性)が、不審な表情で横から声をかけてきた。「この人(私のこと)は知り合いなのか?」。酩酊じいさんが「うん」と答えると、「あ、そう」と帰っていった。路上生活者への襲撃が起こる場所。仲間同士で声を掛け合って、身を守っていることもわかる出来事だった。
酩酊じいさん。最後は、超牛歩でよろつきながら、振り返ることなく自身の寝床へ帰って行った。
3. 1日の始まりを知らせる「泥棒市」
朝4時を過ぎると、通りから人の声が聞こえ始めた。サンダルをアスファルトに引きずって歩く音も聞こえる。「泥棒市」が始まったようだ。5時半過ぎに行くと、道端にこじんまりと商品を並べる露天商が20軒ほどと、その前にしゃがむ人々で賑わっていた。炊き出しと祭りの時以外で、ここまで人が集まるのは見たことが無い。何かを探すわけでもなく、ただここに来ることが日課になっているような方々も見られた。
売られていたのは、靴、服、バッグ、時計、携帯の充電ケーブル、半額シールの貼られたサンドイッチ、薬など。一番多く見たのは違法コピーと思われるDVDで、1枚50~200円。「おっちゃん、これ全部焼いたん?大変やったなぁ」。大量のDVDを物色していた若い兄さんがそう言うと、店主のおじさんは嬉しそうに笑っていた。
2019年7月14日(日) 06:16。離れた位置から泥棒市の様子を写す
4. 幸せに包まれたホルモン窟「中ちゃん」
2019年もまだ8月を過ぎたところだが、今年の多幸感大賞は、初めて訪問した「ホルモン 中ちゃん」で決まった。日雇いで稼いだ僅かな日銭で至福の1杯をやるおじさん、ホルモンをつまみにテレビから流れるプロ野球に見入るおじさん、今から飛田に繰り出すらしい下ネタ満載の高揚したおじさんたち。あぁ、幸せに包まれている。この曲を思い出した。
幸せを感じる根底には、自分1人、ありのままの姿で過ごせる釜ヶ崎ならではの気楽さがある。そこに加えて、中ちゃんでいただく最高のホルモン。いやホルモンだけではない、レバー、ハツ、キムチ、焼きそば、にんにく。どれもが美味い。酒も進む。
ハツ(300円)。その分厚さと美味さに時が止まった。幸せを噛み締めた。
にんにく(150円)。ホクホク。1片で樽ハイ1杯はいける。
ハツと焼きそば。地球最後の日にはこれを食べたい。美味すぎて、2日連続お土産に持って帰った。
そしてもう1つ、中ちゃんが最高なのはあの大将(中ちゃん)の存在だ。こんな話が野暮なことはわかっているが、でも書く。人の仕事ぶりを肴に酒が進むとは思ってもみなかった。10人入ればいっぱいの狭い店内ではあるが、持ち帰りの客も含めてひっきり無しに人がやってくる人気店。その店を1人で切り盛りする大将の動きはまるで無駄が無い。
鉄板でホルモンを焼きながら、注文の樽ハイを注ぎながら、お会計をしながら、客の相手をする地獄のワンオペ体制(休む暇なし)。こちらが心配になるような忙しさを、大将は慌てる風でもなく、淡々とこなす。全ての動きが次に繋がっている。美しい。
客が言わんとすることを即座に理解し、困らせる間を与えず返答する姿も芸術点が高い。客の動きをよく見ている。店のルールを客に求めるのではなく、目の前の客に合わせて淡々と対応する大将。国宝だと思った。多幸感に包まれながら最高の時間を過ごすことができた。ありがとうございました。
酒の肴になる無駄の無い仕事ぶり。皆が最高の気分で飲む中、黙々と仕事をされる。
近くにある人気店「マルフク」のご出身だそう。
鉄板で焼かれる最高のホルモンと最高の焼きそば。
店内がいっぱいだからか、持ち帰りで買っていくお客さんも多い。
2019年の私の多幸感大賞はここ。「ホルモン 中ちゃん」
この動画を見れば、中ちゃんの美味さはわかるはず。
5. 釜ヶ崎の景色
釜ヶ崎を訪れる回数が増えるにつれ、この町の楽天性が癖になってきている。釜ヶ崎に対する緊張感や暗い印象はあれど、同時に存在する奔放で飾り気のない景色への憧れが増しているのだ。
そんな釜ヶ崎で存分に心を満たすために、今回も格好には気をつけた。浮かない格好だ。着古したシャツにゆったりしたズボン、バッグは持たずコンビニのビニール袋に財布を入れた。足元は、昨年学んだサンダルにすることで、一層馴染んだと思う。手配師に声をかけてもいただいた。さらに今回、釜の人は雨が降っても傘をささないことを学んだ。
2日間の滞在を終え、釜ヶ崎を離れて動物園前駅の構内を歩いた時、はっきりと景色が変わった。夢のような時間は終わり、周囲や自分に気を遣わざるを得ない日常が戻ってきた。竜宮城を離れたくない。でも離れなければいけない。
新今宮駅から見えた星野リゾート建設予定地。1年前はただの空き地だったが、着々と工事が進んでいる。
スーパー玉出天下茶屋店の向かいに、泥酔者を乗せる救急車が停まる。
宿は「ビジネスホテル加賀」。じゃらんで予約を取れるので助かる。
加賀の部屋は気になるほど汚れてもおらず、十分快適だった。布団を敷いたらいっぱいになる程度の広さ。
テレビ、エアコン、冷蔵庫が使える。1泊1,900円だった。
加賀のエレベーター扉に刻まれたメッセージ。特定の誰かに対して言葉なのか、それとも自分に対してのものなのか。
入船温泉。加賀に泊まると無料券がもらえる。土曜の21時過ぎ。そこまで人も多くなく、のんびりできた。
夜の三角公園を外周から見る
話は変わるが、今回の旅の目的の1つにしていた、じゃりン子チエキーホルダーも買えた(新世界「ココモよってぇ屋」にて)。